防災林はマツ林ではなく自然の森を

年が改まり、将来の日本を左右する極めて重要な西暦2012年という年が始まった。震災に見舞われたまちの復興と日本全体のくにづくり・まちづくりは、今年が正念場だ。そしてその実現には、自然と共存した持続可能な社会へと転換する他ない。
そのための提言活動をこれまで以上に進めていく中で、今年もこのブログに思うことを書き記していこうと思う。

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さて。本年一つ目もやはり復興計画についてである。

計画の中で「防災公園や防災林の整備・再生」という文言が少なからずある。一見自然と共存する姿勢が見えるのだが、中身でがっかりすることが多い。なぜなら、そのほとんどが「クロマツアカマツの林の再生」だからである。自然の森は、一種類だけの樹木で構成されることはない。特に生物多様性の宝庫である日本では、多種多様な樹木とさらに多様な野草が生育している。さらに、根の張り方も多様となるため、しっかりと大地を抱え、防災にとってもメリットとなる。どんな樹木や野草が生育しているかは、地域によって違う。したがって、森の再生を行うにあたって一番大切なのは、「地域本来の自然の森を再生する」ということである。クロマツだけ、アカマツだけの林では、各地で土砂災害の原因になっているスギ・ヒノキ林と同じことになってしまう。


防災林の再生はほんの一項目にすぎないが、一事が万事であるともいえる。従来通りのことをやっていたのでは、復興はおろか、日本の再生は全く不可能だ。
何度もいうが、復興するべき新しいまちとは、自然と共存した持続可能であるまちをつくることである。
世界ではもう何年も前にこのことを共通理解として、大きく舵を切っているのに、先進国では唯一日本だけ完全に後ろを向いてしまっている。
行政、特に国の役人は、日本の過去だけを見るのではなく、世界の共通認識を理解し、先進的な知見を集め議論し検討し、自分たちのするべき仕事をしてもらいたい。私たちにはそのための助言協力を惜しみなくする覚悟がある。

復旧では悲劇を繰り返す

遅々として進まない感はあるが、政府の震災復興計画が徐々に決まり始めた。
その内容について、見逃せない誤った方針がある。

津波を防ぐ対策として、高さ10数メートルの防潮堤を築く、というものだ。

この件は前にも書いている(減災対策で想定する津波の高さ)。東日本大震災は、スマトラ島沖地震マグニチュード9.1)に迫る、マグニチュード9.0という規模だった。そのスマトラ島沖地震では、海岸線で高さ40メートルを超える津波があったいう事実があるのだ。たった10数メートルの防潮堤で、何が守れるというのだろうか。太平洋の周囲では、チリ沖地震のようにマグニチュード9.5の地震もおきており、当然そうしたことを考慮する必要がある。この防潮堤の後ろに、これまで通りのまちを配するのであれば、また再び、「想定外」という名のもとに、悲劇が繰り返されることになりかねない。

しかも、政府の遅い対応にしびれを切らし、多くの市町村で独自の計画を立てている。一部高台への移転を決断した自治体がある中、ほとんどが震災前と同じまちの復旧を目指している。将来世代にさらに大借金をしてまかなう税金を、コンクリートの山を築くことに使うのではなく、本質的に災害が起きにくい街に再生するための土地利用の再考とその実現、移転を余儀なくされる人たちへの補償に使うべきだ。

進んでしまったら取り返しがつかない。今が本質的な復興の最後のチャンスだ。

首都高ビオトープのこだわり

最近ではいろいろな企業ビオトープが存在するようになった。

先日視察と報告会があった、「見沼田んぼ首都高ビオトープ」もその一つである。首都圏の中にあって残存する数少ない自然地域の見沼田んぼに、横断する形で高速道路が建設されたのだが、その桁下と周辺をビオトープにすることを提案し、再生の取り組みが始まった。

このビオトープは、見沼地域を代表する環境である池や湿地が中心だが、他の事業ではなかなか見られない特徴がいくつかある。一つは、2万本以上植樹した苗木がすべて見沼地域のものであること。あらかじめ見沼田んぼ内の林から種子をとり、近隣にある生産農家の方にお願いして発芽、育成をしてもらった。園芸種や国内でも遠い地域から手に入りやすいものを植えてしまうことが多い中、あくまで見沼田んぼという地域の樹木を再生することにこだわり、時間をかけて再生することにした。

さらに、チガヤを中心とした草はらの再生を行っている点。とかく自然再生というと、「樹木」にばかり目が向いてしまうが、遺伝子の多様さからいっても、「野草」も樹木以上に重要なのだ。

ビオトープを再生するときの一番大切なことは、もともとその土地がどんな環境だったか、どんな動植物がいたのかを踏まえて計画や設計を行うことだ。こういう、当たり前のようでいて、なかなかできないこだわりが、首都高ビオトープにはある。

その成果として、昨年「さいたま環境賞」や、土木学会環境賞を受賞したそうであるが、何より、見沼の生きものたちが多くこのビオトープに訪れていることがうれしい。子どもたちや、行政や企業なども次々と視察にきていると聞く。このような当たり前のこだわりを持ったビオトープが増えていくことを期待している。

トキ・コウノトリが舞う世の中に

先日、関東地域の首長・5市長と、国土交通大臣への要望を行った。

要望を行ったのは、「コウノトリ・トキの舞う関東自治体フォーラム」。
トキやコウノトリの野生復帰を通して、自然再生と地域振興の両立した持続可能な社会の実現することを目的として、平成22年に発足し、現在、関東地域の4県にわたる計29市町村の首長が加盟している団体である。

現在、加盟自治体は、それぞれ湿地の再生や、環境に優しい安心安全な農業の推進、コウノトリの野生復帰に向けた飼育計画などを進めている。しかし、各自治体のみの取り組みだけでは限界がある。たとえば、コウノトリは「ツル」と呼ばれている地域があるように、日本最大級の鳥だ。大量の魚などの水生生物を食べ、トキとともに広範囲を移動しながら生活する。市町村を超えた関東エリア全体での取り組みを行う必要がある。
今回の要望は、広域的な自然再生や地域振興について、国土交通省農林水産省環境省文化庁もこの事業を推進する取り組みの事業化を求めるものだった。

実は、野田総理も、9月の参議院代表質問の答弁の中で、この取組を後押しする発言をしている。


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(輿石幹事長の質問に対して)
生物多様性条約COP10で採択された新たな世界目標である愛知目標を達成するため、国内外の取り組みの強化をいたします。
我が国は生物多様性国家戦略を見直し、トキやコウノトリが舞う人と自然の共生する社会の実現を目指します。
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まさに、我々の要望そのものである。

要望には、野田市鴻巣市印西市いすみ市坂東市の5市長が出向いた。私は顧問として関わり、日本生態系協会はその調整役とフォーラムの事務局を担っているため同行した。

この関東にトキやコウノトリが舞う風景というのは、つい百年前ではごく当たり前の風景だったにも関わらず、夢物語となっている。しかしこの風景を再度みることを私はずっと願い続けて活動してきた。トキやコウノトリが生きていけるということは、そこに健全で豊かな生態系があるということになる。
生きものと人が共存するまち。「目指すべき社会」というよりも、「こうならざるを得ない社会」である。生態系と生物の多様性は人の生存基盤だ。これらが持続する社会以外に、私たちが生き延びる道はない。
首長たちの思いが届き、国と自治体が協力してこの日本初の一大プロジェクト事業を進めることができれば、子どもたちに自信を持って手渡せる、「関東地域のあるべき未来」をつくる大きな一歩になるにちがいない。

野田総理の答弁

私は大抵、国会会期中は中継を見ているのだが、久々におっ!と驚くことがあった。
9月15日に行われた参議院本会議で、輿石氏(民主党幹事長)からの質問に対する野田首相の答弁である。

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(書き起こし)
生物多様性保全に向けた決意に関するご質問をいただきました。
生物多様性条約COP10で採択された新たな世界目標である愛知目標を達成するため、国内外の取り組みの強化をいたします。・・・
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愛知ターゲットとは、2010年10月に愛知県名古屋市で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)で採択された、生物多様性保全・回復に向けた世界目標である。
この目標は、主に2020年までに達成すべきものが示されている。
例えば、2020年までに生息地の損失の速度が少なくとも半減または0に近づき、その劣化と分断が顕著に減少する、や、2020年までに生態系の破壊を促進する補助金などの奨励措置を廃止し、保護再生や持続可能な利用を進めるための措置に改定する、などがある。


日本はCOP10の議長国として、この愛知ターゲットを達成していくために世界をリードしていく責務がある。野田総理の「国内外の取り組みを強化する」という発言は、国内の施策の推進に影響があるだけでなく、国際的な信頼を得るとても重要で意義深いことだ。

私が聞いた発言は、まさにこの答弁の途中、「・・強化する」のところでニュースに切り替わってしまったのだが、実は、この後の発言もとても重要なものだった。こちらはまた後日言及したいと思う。

国際フォーラム終了のご報告と御礼

日本生態系協会主催の国際フォーラムが13日、多くの方にご来場いただき、盛況のうちに終了しました。講演者の方々、来場者の方々、並びに開催のために労を尽くして下さった方々に深く御礼申し上げます。

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テーマは、「復興から見える新たな日本の創造」。復興に向けて、災害に強い持続可能なまちをつくることについて、考え方やヒントを多く得ることができたと思う。

ミズーリ州緊急事態管理庁の副長官ダイムラー氏からは、ミズーリ川の大洪水の対策として、被害を受けた土地を買い上げて住民を氾濫原の外に移転させるバイアウト政策を中心にお話しいただいた。私は1993年のミシシッピ川の大洪水の後、1995年に渡米し、バイアウト政策というものがあることを知ったときの感動と驚きを思い出しながら拝聴した。
国際自然保護連合の上席科学顧問マクニーリー氏は、生物多様性スペシャリストとして、自然破壊や地球温暖化による気候変動によって、甚大になっている自然災害に備えるためには、集水域単位でまちづくりを考える必要があるという話をしていただいた。
また、今回、被災地から、宮城県利府町鈴木町長、岩手県山田町の沼崎町長の、2人の町長にお越しいただくことができた。極めてご多忙の中ご講演いただけたのは、被災した自分たちの町の現状と、復興に向けた思いや取り組みを全国に発信したいという強い信念からであり、現場の指揮をとる中での臨場感あるお話しを伺い、その思いをはっきりと感じた。
総括は、東京都市大学 教授 涌井史郎氏にお願いした。涌井先生には昨年のフォーラムでもお世話になっているが、本質を捉えた的確な言葉でまとめてくださった。

私も『本能から叡智へ − 対決から自然との調和へ』と題して、基調講演をさせていただいたが、フォーラムを通じて共通して言えることは、津波や洪水にはじまる自然災害から人々の命と暮らしを守るためには、「自然との共存」という視点が必要不可欠であるということだ。人知を超える自然災害に、コンクリートのみで対峙することはできない。しかも温暖化でますます災害は予測不可能で甚大さを増してくる。広域で災害を減らすための土地利用を考え、暮らし方を見直すしか道はない。山田町の沼崎町長の、「自分の町から二度と津波による犠牲者を出さない」という言葉は、私と同じように来場者全ての心に深く刻まれたに違いない。未曽有の悲劇を二度と起こさぬよう、被災地の方々が前を向いて暮らせるような復興に向けて、私も一層活動をすすめていく思いを再認識したフォーラムであった。

※なお、本フォーラムの講演録は、今年末頃に日本生態系協会のウェブサイトで公開される予定。

減災対策で想定する津波の高さ

遅々としながらも、いろいろな方面で震災復興が進められている。
津波。これが今回の震災で最も大きな被害を出した災害だ。(福島原子力発電所の事故の被害はまだ未知数だが。)

津波と聞いて思い浮かぶのが、まだ記憶に新しい、7年前に起きたスマトラ島沖の大地震による津波だ。
マグニチュード9.1という大きな規模の大地震により発生した津波は、インド洋沿岸の諸国を襲い、22万人を超す死者・行方不明者を出した。集落ごと根こそぎ破壊した津波の高さは、50メートル近かったといわれている。
私は被害の最も大きかったインドネシアのバンダ・アチェ市に取材に行ったが、40メートルを超える高さの灯台の先が破壊されており(下の写真)、津波の高さがそれ以上だったことを物語っていた。

スマトラ島沖の震災の後、翌2005年にカイロで会議が開かれ、津波被害からの復興と再建のためのガイドとする原則「カイロ原則」が採択されている。これは、沿岸地域の被災地が、持続可能なまちや文化を取り戻すための土地利用や復興計画に関する指針を示しているものだ。建物のセットバックやグリーンベルトの設置や、高台への移住など、脆弱な沿岸部を「減災」し、災害に強いまちづくりを進めることを原則としている。

東日本大震災は、スマトラ島沖地震に迫る、マグニチュード9.0の規模だった。スマトラで起きたことは日本でも起こりうることだ。海岸線で40メートル以上の津波があると想定して、減災のための土地利用を考えるべきである。
しかし今回の津波は想定15メートルや18メートルと、スマトラよりも低い高さだったと考えられており、今検討されている津波対策は、この高さを基準にして考えられていることが多い。これは大きな間違いだ。それでは想定が甘すぎると言わざるを得ない。40メートルの津波がきて、「想定外でした」とでもいうつもりだろうか。
9月13日に、下記フォーラムで行う講演でも、このあたりの話をしようと考えているが、日本でも、スマトラ沖のときと同程度の40メートルを超える津波がくる可能性は充分あり得ると仮定して、その上で、被害を減らすまちづくりを進めていくことが本当の復興だと思う。


(財)日本生態系協会主催 
国際フォーラム「復興から見える新たな日本の創造‐全国どこでも起こる大災害‐」
9月13日(火)13:00−17:40 津田ホール(東京都渋谷区千駄ヶ谷
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